大判例

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仙台地方裁判所 昭和43年(わ)301号 判決

主文

被告人土田圭祐、同本間周輔、同飯塚俊男、同湯本希生を各懲役八月に処する。

但し、右被告人らに対しこの裁判の確定した日からそれぞれ二年間その刑の執行を猶予する。

理由

(事実)

(本件犯行に至るまでの経緯)

(犯行前日の状況)

仙台市では、昭和四三年九月一一日から同月一八日までの会期を定めて、いわゆる仙台市電北仙台線廃止案(その正式名は日程第二九、第九五号議案仙台市交通事業の設置等に関する条例の一部を改正する条例)その他の案件を同市議会に提案し、同市議会においてこれを審議しようとしたところ、開会初日である九月一一日、右北仙台線廃止に反対する被告人らを含む学生数十名がヘルメットを着用し、同市議会議事堂正面入口から傍聴券を持たずに本会議場傍聴席に乱入し、喧噪をきわめたため審議が妨害され、同日は右廃止案等が上程されたのみで延会となつた。

(犯行当日の状況)

翌九月一二日、同市議会事務局は、前日のような混乱を避け審議の円滑な進行を図るため市議会議長の応援派遺要請により同市議会事務局員としての併任発令のあつた同市管理職員数十名を議事堂正面入口、傍聴人入口等に配置して不測の事態に備え、とくに傍聴人入口においては傍聴入場者の受付、整理等の取扱いにつき慎重を期した。

一方被告人らおよび高橋洋人を中心とする北仙台線廃止に反対する学生数十名は、同日午前一〇時ころから三々五々議事堂周辺に集まつてきていたが、これらの者が当日とり行なおうとした闘争方法は、おおよそ、一部の者が本会議場傍聴席に入り同席場から右反対の気勢をあげて前記廃止案の審議を妨害し、残余の者は議事堂外の周辺にいて内部の者とつねに連絡を保ちつつこれと相呼応して反対行動を展開するというものであつた。

同日正午ころから傍聴人入口において傍聴人の入場受付が開始され、並んでいた行列の先頭部から順次学生らも含めて入場していつたが、その中にヘルメットをかぶつた学生がいたことから受付に当つていた職員と学生らとの間で入場拒否をめぐる押し問答が生じ、附近が騒然となつたので、傍聴人受付事務の責任者であつた同市建設局次長菊田光雄において傍聴人入口のガラスドアを閉鎖し、傍聴人の入場受付を一時中止したが、ヘルメットをかぶり、あるいはこれを携行する者は入場させないとの条件の下に、午後一時一五分ころから傍聴人の入場受付が再開された。そして午後一時三〇分近くになつて一〇四名の傍聴定員に達したため、前記菊田光雄において職員に命じ右ガラスドアの外側にいる者に対し、マイクを通じ口頭で「定員に達したので受付は終りである」旨を告げさせたうえ、傍聴人入口のガラスドアに施錠させ、かつ「傍聴定員になりました」と記載した文書を右入口の内側から向つて右側のガラスドア(以下単に右側ガラスドアという)に貼つて掲示させたところ、被告人らおよび高橋洋人を中心とする約三〇名の学生は、この措置に強く抗議して右菊田光雄ら市職員に対し入場させるよう強く迫つたが、右菊田光雄ら市職員はこれを拒否した。

ここにおいて被告人らおよび高橋洋人は、既に本会議場傍聴席に入場した学生らと相い呼応して反対行動を展開する考えでいたのに前記のように傍聴人入口を締切られてしまつたため、中にいる学生らと連絡をとることができなくなつたと考えるに至つた。

(罪となるべき事実)

被告人らは、同日午後一時三〇分ころから同四〇分ころまでの間、前記のように菊田光雄ら市職員によつて傍聴人入口のガラスドアを閉鎖され本会議場傍聴席への入場を拒否されたことに激昂し、被告人飯塚において右ガラスドアを足蹴りし、高橋洋人において内側で右ガラスドアを押えている市職員に対し「早く入れろ、入れないとドアを壊して中に入るぞ、お前らの顔は覚えたぞ、ぶち殺してやるぞ」などと怒鳴りながら右ガラスドアを叩くなどし、被告人らと右高橋洋人が中心となり、学生約二十数名と共に騒ぎ立てたが市職員らが内側から右ガラスドアを押さえていて、とうてい右ガラスドアの施錠を外して開扉しようとする様子がなかつたので、被告人らは高橋洋人外二十数名の学生らと共に、何としても右傍聴人入口のガラスドアを押し開き市議事堂内に侵入しようと考え、そのためには右ガラスドアが損壊することがあるかも知れないと認識しながらあえてこれを容認し、ここにおいて被告人らは高橋洋人外二十数名の学生との間に意思を相通じ、これらの者が、個々にあるいは一団となつて右ガラスドアを押したり体当りし、さらに被告人土田、同本間および高橋洋人らにおいて角材(旗を巻きつけた長さ約二メートル、縦横約四センチメートルのもの)および竹竿(長さ約三メートル、直径約三センチメートルのもの)を最初は一本づつで、ついで二本重ねにして右ガラスドアと入口の内側から向つて左側のガラスドアとの合わせ目の隙間(被告人らおよび高橋洋人外数名の学生が右側ガラスドアを押したことによつて生じたものである)から中へ差し込み、これを左右にこじり、ついで附近にあつた構内道路標識(直径約三〇センチメートル、厚さ約一〇センチメートルのコンクリート台付き、高さ約一メートル、直径約二センチメートルの鉄棒の先端に標識板がついているもの((昭和四四年押第一七号の八は標識板を除いたもの)))を持ち、その鉄棒部分を右の隙間へ差し込んで左右にこじるなどしたため、仙台市長島野武管理にかかる建造物の一部である右側ガラスドア一枚(損害額約七万八〇〇〇円)を損壊し直ちに同所から同市長管理にかかる同市議会議事堂内の内玄関と称する部分および東側廊下と称する部分に高橋洋人外二十数名の学生と共に一団となつて侵入したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

被告人土田、同本間、同飯塚、同湯本の判示所為中建造物損壊の点は各刑法第二六〇条前段、第六〇条に、建造物侵入の点は各同法第一三〇条前段、第六〇条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号にそれぞれ該当するところ、右の建造物損壊と建造物侵入との間には手段結果の関係にあるので、刑法第五四条第一項後段、第一〇条により一罪として重い建造物損壊罪の刑でそれぞれ処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人らを各懲役八月に処し、情状により同法第二五条第一項を各適用してこの裁判の確定した日からそれぞれ二年間その刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書によりいずれも被告人らに負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

(公訴権濫用の主張について)

本件公訴は、被告人らを中心とする学生集団の北仙台線廃止反対運動がいわゆる反合理化闘争の一環としてなされたものであり本件起訴にかかる事実が被告人らの反対意思を市議会に訴えるための現代における請願の一類型ともいいうるものであるにもかかわらず、法益の均衡、行為の目的、行為の相当性等について充分な顧慮もなく、被告人らに対する弾圧を目的として捜査の不十分なままなされた違法なものであるから公訴棄却すべきであるとの主張について

本件公判廷に現れた各証拠によれば被告人らの一連の行動が請願権の正当なる行使とはとうていみることができないことあきらかであり、検察官は起訴当時本件学生集団の中でその行為が最も悪質であり、かつ証拠が明白なのは被告人ら四名および分離前の相被告人高橋洋人であると判断したことについては相当な理由があるものと考えられるのであつて、被告人ら四名および右高橋洋人を起訴したことがいわゆる学生運動の積極的活動家を弾圧する意図で、捜査の不十分なままなされたとは認められないし、他に本件公訴の提起が違法になされたというべき事実も証拠上認めることができないので本件起訴が公訴権の濫用であるとはいえないから、弁護人の右主張は採用できない。

(本件ガラスドアが建造物の一部に該らないとの主張について)

被告人らの損壊行為の対象となつた仙台市市議会議事堂傍聴人入口のガラスドアは、毀損せずして取りはずしのできるものであるから、建造物の一部ではなく、器物というべきものであるとの主張について

刑法第二六〇条所定の損壊行為の客体が建造物の一部であるか否かは、建造物損壊罪の本質に照らし、その客体の構造、形態、機能経済的価値および毀損しないで取りはずすことの難易度、取りはずしに要する技術等を総合検討し決せられるべきであるといわねばならないところ、当裁判所の検証調書、証人石井勇次に対する当裁判所の尋問調書、第三回公判調書中の証人石井勇次の供述部分、押収にかかるテンパライトドア上部フレーム一個、同下部フレーム一個同押板二枚一対一個、パンフレット一冊を総合すれば、本件ガラスドアは、硬質の強化ガラスの本体とステンレス製の上下フレームおよび上部のトップピボット、下部のフロアヒンジならびに附属品のシリンダー錠、押板から成る約八〇キログラムの重量を有するテンパライトドアと称するもので、そのうちトップピボットは建造物躯体の上部の枠にとりつけ、その軸を上部フレームの軸受口に差し込み、これによりドア本体の上部を支えるものであり、またドア開閉のバネ装置であるフロアヒンジはコンクリートで建物の床に固定され、それから上方に出ている軸がドア本体の下部フレームにうめ込まれてドアを支え、ドアの回転を調節する構造となつていること、その形態は高さ2.134メートル、幅0.914メートルの大きさをもちそれと同じガラスドアと一対をなして、鉄筋コンクリート建議事堂の外部東側に面した通路に位置する両開きの扉となつていること、その機能は市議事堂の内外を区別し建物内部を保護し、議事堂の外囲の一部をなしているものであること、その経済的価値は取付料を除いて時価約八万七、〇〇〇円を要するというものであること、そして本件ガラスドアを取りずすためはには、右トップピボットの上げ下げネジをゆるめ、これを下げることによつてトップピボットの軸の位置を上げたうえ、フロアヒンジの軸の部分にバールを差し込んでドアを持ち上げ、さらに吸盤を使用してフロアヒンジの軸から下部フレームを引き抜くという作業によつてなされるが、そのためには、右構造についての専門的知識を有し、かつ、右操作の経験を有する者二名位の人力と五分ないし一〇分の時間を要すること、逆にその取り付けには、やはり二名位の人力と五、六分位の時間を要するほか、フロアヒンジのスプリングと油圧調節には約一年位の経験を有するドアの専門職の技術が必要とされ、いわゆる素人ではとうてい困難であること等がそれぞれ認められるのであるから、本件ガラスドアは毀損せずして取りはずすことは可能と一応いいうるとしても、実質的にみてとうていいわゆる器物とはいいえず建造物の一部を構成すると認めるのが相当であるから、弁護人の右主張は採用できない。

(建造物侵入罪に該らない旨の主張について)

被告人らが入り込んだ部分は仙台市長島野武の管理権下にあるのであるから市長から被告人らに対する侵入拒絶の意思が表示されていないというべき本件はいわゆる管理権者の意思に反して侵入したといえないから被告人らの右所為は故なく建造物に侵入したことにはならないとの主張について

本件各証拠によれば、被告人らの侵入した前判示建物部分が仙台市長島野武の管理下にあり、右市長において被告人らの前判示のような態様の侵入行為についてこれを許容していなかつたことが明らかである。弁護人の右主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。(杉本正雄 竹沢一格 小川克介)

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